「日本が、中国が」と言う前に知って欲しい未来「スマホ最適化」

中国の深センは、北京を「帝都」、上海を「魔都」と呼ぶのにならって「夢都」と称されるほど、若者をひきつけています。最新テクノロジーが街のあちこちで実用化されている様子は、壮大な社会実験のようです。中でもスマホを使ったサービスの充実は驚くべきレベルに。現地で目の当たりにした「スマホ最適化された都市」の実像とは?(朝日新聞デジタル編集部記者・戸田拓)

スマホの中で暮らせる!?

マクドナルドが提供しているミニアプリは、レジに並ばずスマホ画面で注文ができて引き換え番号が表示される。マクドナルドでミニアプリを試しているところ。テーブルに貼られたバーコードからすぐサービスメニューにアクセス出来る。


 日本のチェーン店でもポイントカードをスマホアプリに置き換える動きが進んでいます。しかし、中国で起きているのはさらにそれらをひとつの土台に統合しようという試み。

 決済に使うチャットアプリの中に「ミニアプリ」(小程序)という小さいプログラムを読み込み、そこで店ごとのサービスを提供するという方法が注目を集めています。

 たとえばマクドナルドが提供しているミニアプリは、レジに並ばずスマホ画面で注文ができて引き換え番号が表示されるものでした。

 利用者にとっては、店ごとに違うアプリをいちいちインストールしなくても、チャットアプリの中だけで用事が済むメリットがあります。これがどこでも利用できるようになれば、ユーザーは一日のほとんどを同じアプリの「中」で暮らすことになるかもしれません。

 スマホ決済を利用できるのは企業だけでなく、自治体によっては公共料金の支払いもスマホでできるようになっているそうです。

 またスマホなどでの取引内容を加味して個人の信用を数値化し、スコアの高い人は金利や手数料などで優遇するというサービスも既に導入されています。

 バーチャルとリアルの統合が消費者のすぐ近く、手のひらの中で進んでいるのです。

手軽さについつい衝動買い

 深センを訪れたのは今年3月。現地に40人近い日本人が集まり開催された「観察会」に参加しました。「観察会」で見た深センの日常生活には、隅々にITが浸透しています。特に金銭の支払いはスマホなしでは考えられないくらいです。

 スマホの恩恵があるのは中国人だけではありません。

 私が訪れた3月時点では、日本人旅行者であっても、事前にモバイル決済用のアカウント(アリペイ、WeChat Payの大手2社のサービス利用者は延べ10億人を超えます)を用意しておけば、街中での支払いはコンビニだろうがタクシーだろうが自販機だろうが、ほぼスマホのアプリだけで可能でした。

 旅行するときの煩わしさのひとつだった、異国で小銭を用意し支払う煩わしさは一切なし。あまりのスムーズさについ余計な物を買うこともしばしばでした。

 街中の露店でも売り子が自分のQRコードをプリントした紙をぶらさげていて、それをスマホで撮るだけで支払いの準備が整うのですから、誰もがこの仕組みを使うのも納得です。

 紙幣を使った場面は日本人同士での支払いのときぐらい。コンビニや駅など、場面ごとに違う電子マネーやポイントカードを使うのが当たり前な日本の日常に、初めて疑問を感じました。

 帰国後、日本のコンビニや銀座の大手ショップなどで中国のモバイル決済サービスが次々利用可能になっていることに遅まきながら気づきました。

 モノでもお金でも使いやすくすれば利用頻度が増えるのは当たり前の話。中国人観光客が日本で気軽に「爆買い」できる背景には、こういった中華決済インフラの普及も寄与していることでしょう。

 もし自由に使えるのであれば、中国以外からの旅行者も、日本の電子マネーより利用範囲の広いこのサービスの利用を選んだとしてもおかしくないと思います。

「長城」の内側の便利

 言葉が通じなくても、スマホの翻訳アプリや各種ウェブサービスが助けてくれます。

 中国のインターネット環境には悪名高い万里の長城(グレート・ウォール)ならぬ「グレート・ファイアウォール」が設けられ、国外のサービスであるGoogleやLineなどへのアクセスは遮断されています。

 しかし、その代役ともいうべき中国製チャットサービスや電子地図が普及しており、使い勝手に不満を感じることはほとんどありません(チャットは検閲があるので言葉に気をつけろ、と注意はされましたが)。

 市民が海外の情報へ自由にアクセスすることを制約する中国政府の姿勢には批判がありますが、一方で日常の用はこれで十分足りている、ということもまた事実です。

 ネット業界ではウェブ画面の表示をスマホで見やすくすることを「スマホ最適化」と呼びますが、深センの日常では生活そのもののスマホ最適化が日本よりも遥かに進んでいる、との印象を受けました。

 スマホと共に進化した一足先の日常を、深センで垣間見たように思います。

深センの今と向き合う

 現地で感じたのは、経済成長が現在進行形で進んでいるエネルギーです。

 ホワイトカラーとブルーカラーの給料に大きな格差のある中国では、残業のない工場は工員から逆に「ブラック企業」とみなされる、という冗談のような話を現地の経営者から聞きました(もちろんサービス残業ではありません)。

 また、あるIT大手の忙しくない部署は「9-9-6」(午前9時から午後9時まで週6日)で働き、忙しい部署だと「9-10-7」に。その代わり最も多いときは48ヵ月分の賞与が出た――との逸話も紹介されました。

 事実なら相当な長時間労働の常態化で、過労で倒れる人もいることでしょう。少なからぬ人々が猛烈に働いて猛烈に稼ぎ、それが深センの経済成長に寄与しているのは確かなようです。

 働けば働くほど成功が約束されているように感じられた高度成長期、あるいはドリンク剤のCMが「24時間戦えますか」と煽ったバブル期真っ盛りの日本の職場の一部にも、似た状況はあったことでしょう。

 「モーレツ」「エコノミックアニマル」は、もはや日本人の専売特許ではない、と感じました。

かりそめの繁栄?

 過熱ぶりにバブルを疑われることも多い深センの栄華はいつまで続くのでしょう。経済特区での私企業の自由な活動を許し多くの投資を呼び込んできた当局の管理体制が、一転厳しくなることもあるかもしれません。

 人件費、不動産価格の安い内陸の都市に成長の中心が移っていくこともあり得るでしょう。明日のことは誰にもわかりません。

 でも自由なはずの日本で人々が長い沈滞から抜け出せずもがき続ける一方で、一党独裁の国の異端児である深センに住む人々が、今の時点で成長を謳歌し未来を先取りしているというのは、否定できない現実です。

未来を見に行こう

 大量生産とイノベーティブな新技術の両面で世界に影響を与える存在となった深セン。

 そこで若い世代が中心となって進めている壮大な社会実験は、明日の世界を占うひとつの指標となるでしょう。私たちが深センから学べることは決して少なくないと思います。

 「日本が」「中国が」と大きな主語で語るのは難しいけど、テクノロジーに囲まれて暮らす深センの日常に一度触れてみたら、自国の景色もまた違った姿で目に映るのではないか。「観察会」を経てそう感じました。

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